1嗅神経細胞=1嗅覚受容体仮説

ヒトやマウスの嗅覚系では、個々の嗅神経細胞(OSN)は約1000ある嗅覚受容体(OR)遺伝子のうち、たった1つを相互排他的(mutually exclusive)に、また対立形質排除(monoallelic)という性質を持って発現する。これは「1嗅神経細胞、1受容体」ルールと呼ばれていて、多くの過去の研究はこれを支持している(多少の反対論あり)。また、同一の受容体を発現する嗅神経細胞からの軸索は、嗅球の特定の糸球に投射することが知られている。
 2000年、2003年に坂野仁・芹沢尚らはこの「1嗅神経細胞、1受容体」ルールに関して、重要な研究を発表している。

Serizawa S, Ishii T, Nakatani H, Tsuboi A, Nagawa F, Asano M, Sudo K, Sakagami J, Sakano H, Ijiri T, Matsuda Y, Suzuki M, Yamamori T, Iwakura Y, Sakano H.
Mutually exclusive expression of odorant receptor transgenes.
Nat Neurosci. 2000 Jul;3(7):687-93.

Serizawa S, Miyamichi K, Nakatani H, Suzuki M, Saito M, Yoshihara Y, Sakano H.
Negative feedback regulation ensures the one receptor-one olfactory neuron rule in mouse.
Science. 2003 Dec 19;302(5653):2088-94. Epub 2003 Oct 30.

まず2000年の論文ではtransgenicなMOR28とendogenousなMOR28(ともにタグ付き)を両方持つマウスに関して、同じシスエレメントを持つにも関わらず、この2つの遺伝子の排他性は保たれていた。排他性のメカニズムは多様な転写因子などで決められているのではないことがわかる。
2003年の論文では、彼らはまず、MOR28を含むOR遺伝子クラスターの上流に、そのクラスター内OR遺伝子の発現を制御する領域(H領域)を見つけた。OR遺伝子クラスターとH領域との距離を短くしていくとMOR28遺伝子の発現頻度が上昇した。まず彼らはこの「距離」が1受容体発現を確かにしているのではないかと推測している。
次に、MOR28遺伝子のコーディング領域を欠損させた場合や、OR偽遺伝子が発現している場合(マウスではゲノム中に少なくとも100個ある)、つまり機能的受容体が発現されていない場合において、2つ目のOR遺伝子が発現されていることを示した。つまりこれは通常考えられていた「1嗅神経細胞、1受容体」ルールの崩壊である。この論文や過去の他の論文から、受容体のタンパク質自体が排他性というシステムを担っていることが示唆された。
以上の結果から、彼らは「①ある特定のOR遺伝子クラスター上流に、それらの発現を調節するH領域があり、おのおののOR遺伝子のプロモーターに確率的に相互作用することによって、まず1つのOR遺伝子を発現する。②そこから機能的ORタンパクが産生されると、ネガティブフィードバックが発生し、他のOR遺伝子の発現を抑制する。③機能的ORタンパクの産生がないと(コーディング領域欠損や偽遺伝子の場合)2つ目のOR発現が起こる」というモデルを提唱している。
 
ちなみに他の研究グループの論文から、開始コドンを含まないMOR遺伝子を発現するマウスを用いた実験が報告されている。

Lewcock JW, Reed RR.
A feedback mechanism regulates monoallelic odorant receptor expression.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Jan 27;101(4):1069-74. Epub 2004 Jan 19.

この論文の主旨は上記の二つの論文とたいして変わらないが、追加の情報としてMORのDNA/mRNA存在下でどうなるかという話がある。それらでは排他性は壊れている。つまりMOR遺伝子の翻訳が排他性には必要だということだ。


また、受容体タンパク質の存在が、軸索の特定糸球への投射に必要であるというのもかなり興味深い。過去の多くの知見は、コーディング領域を欠失すると、軸索が迷走するというものだ。しかしながら、OR遺伝子同士のコーディング領域交換の実験では、投射先が入れ替わるという期待された単純明快な結果にはならなかった。
芹沢らの論文中もこの話はあり、MOR28欠失では軸索迷走が起こるが、彼らは2つ目のOR遺伝子が発現することによって、別の糸球に投射したのだと解釈している。
6/4のScienceに掲載されたこのBreviaでは、

G. Barnea, S. O'Donnell, F. Mancia, X. Sun, A. Nemes, M. Mendelsohn, and R. Axel
Odorant Receptors on Axon Termini in the Brain
Science 4 June 2004: 1468.

OSNのdendriteだけではなくaxonにもORタンパクが局在していることが示されている。ORタンパクは匂い物質の受容という機能だけではなく、axon guidanceにも働いているのかもしれない???