(3)  とりあえず博士課程に行くってどういうことか

「とりあえず博士課程に行く」という方、意外と多いんじゃないだろうか。博士課程に行くことが一体どういうことなのか、はっきり考えてから決めた方がよいと思う。これは過去の自分に言いたいことである。自分が将来目指している職業に博士の学位は必要なのか?もし必要でないのに進むのはナンセンスである。博士学位というものは医者や弁護士といった資格のように、持っていれば職にありつけるものではない。「足の裏の米粒」とはよく言ったものである。博士課程に行けば、進路の選択肢という点では確実に狭まる。また、研究が好きだからという理由もよく聞くが、環境の良い研究室で比較的自由に研究ができて、それで研究が好きだからというのは、今思えば、甚だ危険な理由だと思う。
大学の教官に相談しに行った時にはっきり言われたことは、アカデミアの研究の世界は、芸能界やスポーツの世界とそっくりだということ。「研究が好きだから」というのは、「人を楽しませるのが好きだから、お笑いの道に進む」と言ってるのと同じということ。「お笑いの道に進む」ことがどういうことかを考えると、なんとなく雰囲気でわかりやすくなるのではないかと思う。笑いが取れない芸人に救いの手はあるのだろうか。アカデミアの研究世界はそういう世界だと、どこかで感じながら、実は自分も実感がなかった。個人の能力以外に、入ったときに与えられるテーマ、先輩、担当教官の性格、大学・研究機関の環境といった「運」も重要。うまくいかなかったときには、基本的に誰も責任は取ってくれない。また、気付いた時に失った、「年齢」という、貴重な可能性は決して帰っては来ない。
「自分だって、いい研究結果が出せることを証明したい。」とか、「他の人を見返してやりたい。」とか、そういう理由もないだろうか?高学歴な人に多いかもしれない。実は、これは自分には結構あった。就職活動を始めた当初は、こういう負の感情が自分を支配したが、そういった感情は時間が経つ上で遠くに行ってしまった(なくなってはいない)。馬鹿げた、しょーむないことだと悟った。そういう理由で、自分の進路を決めてしまうなんて、なんてもったいないことだと今では思う。他人との競争、優越感・劣等感、そんなの、どのような世界に行ったって、死ぬまで腐るほどあるだろうに。それに縛られることは悲しいことだと思った。
以上のように博士課程は「とりあえず行く」ところではない。